大学受験にお金がかかってキャッシングに頼った

子供の大学受験で思ったよりもお金がかかりました。受験までにも塾代や参考書や問題集の購入費用、受験費用、交通費、入学金です。予定外だったのが交通費でした。県内の学校であれば日帰りで行けるし、電車やバスを使用して高くても3,000円もかかりません。しかし、娘は遠方の大学受験を希望しました。1校は全国9か所で受験可能だったので問題ありませんでした。もう1校は、学校まで行く必要がありました。地方受験がない代わりに、遠方からの学生は受験前日の宿泊代を学校が負担してくれる制度があります。提携策のホテルで宿泊が可能だったのですが、他の場所に宿泊しました。新幹線とホテル代、食事代などを合わせると1人当たり5万円近くになりました。慣れない場所での受験のため、一緒に行きました。交通費だけで10万円かかります。 複数の学校に受験したし、交通費などもかかって、入学金と前期分の支払いをする頃には、お金が足らなくなってしまいました。合格したのはうれしかったのですが、思ったよりも費用がかかりました。奨学金の申し込みはしましたが、最初の支払いには間に合いません。期日が迫っていたし、現金での支払いになるため、キャッシングを使用することにしました。先に借りて、後で支払いは考えたらいいと、焦っている自分がいました。他にも下宿代や教科書代、パソコン購入代など色々かかります。 奨学金は対象になっているため、振込が始まれば返済に充てることができます。新入生は5月からです。子供の将来のため、親も頑張らないとと思っています。

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借金まみれだった先輩

今から15年ほど前、当時勤めていた会社の同僚との金銭の話です。私の3つ年上の先輩が居て趣味のゲームや音楽ライブ、同じ部署で年が近いという事もあり直ぐに仲良くなりました。2人で一緒にライブに行ったりとプライベートの多くの時間を過ごしました。 ある時、先輩の車でいつもの様にライブへ行ったその帰り道、先輩が「車のガソリンがもう無くなるなー、入れないといけないな」と、しかし一向にスタンドに入りません、私がそれを指摘すると「あっ、入るの忘れてた」と言いながら近くのスタンドに入りました。すると先輩が財布を見て「あ?お金が足らないや、ある?」と私に聞いてきました、私は財布を取り出しお金を先輩に渡しました。なかなかスタンドに入らない事に少し違和感を感じていましたが「お金が無かったからスタンドに入るのを躊躇してだんだろう」と直ぐに違和感が無くなりました。 この時はこれで終わりました、そして数日経った夜に先輩から電話があり「お米ある?今月厳しくて」と、私は実家暮らしだったので特に食べる物で困っておらずお米くらいならと先輩にあげました。これ以来何かと「〇〇ある?」「ガソリン代少し貸して?」と注文が多くなっていきました。 ある日会社で仕事をしていると、同僚達が何かヒソヒソと話をしているのです、私が「何かあったの?」と聞くと、「〇〇先輩がさー」と色々な人にお金を借りているらしくて、その貸したお金が返してもらっていないとか、確かに私も貸したお金を全て返してもらっていませんでした。 そしてある日、一緒に仕事をしていた先輩が上司から呼び出されて、次の日から会社へ来なくなりました、電話をしても「おかけになった電話番号は現在、、、」といった風に繋がりません。何があったのか上司へ伺うと、先輩は借金まみれになっていて、会社の同僚からお金を借りまくって、そして返す事が出来ず、社員から上司に相談があって発覚した、と言った内容でした。そして先輩がどうなったのか、彼は会社の弁護士を頼りに自己破産をし、同僚から借りていたお金は彼の両親によって精算をすることになったことと、会社はこれを機に退職したいと本人から要望があり本人の意向に従う、といった結末になりました。私も先輩に貸していたお金を上司に話、精算してもらいました。

奨学金長期返済の苦悩

実家は全くお金がなく、親からは「大学に行くなら奨学金を申請していきなさい」と言ってきました。県外の大学に合格し奨学金を申請しました。
実際のところ、奨学金は学費とアパートの家賃を支払うだけで全てなくなりました。大学はかなりの田舎で、雪が降るとどうにもなりませんし、アルバイト先への移動で車がないと無理な場所にありました。ボロボロの軽中古車の購入は消費者金融で借りることになりす。生活費がなくアルバイトは3つ掛け持ちをし、アルバイトの収入の3分の1は消費者金融の返済でもう生活は本当にギリギリでした。希望は大学院への進学でしたが、これ以上の借金は自分の首を絞めるだけだろうと考え止めました。しかし、本当はもっと勉強したかったです。
大学卒業後、大学のあった県の県庁に就職は決まりました。ほっとしたのは束の間、奨学金と消費者金融の返済地獄が待っていました。
県庁職員とはいえ、給料とボーナスは少なく中々生活が楽にはなっていません。職場の上が詰まっていて自分は中々出世できない。
現在、29歳で7年経った今でも奨学金、消費者金融の返済はしています。とくに消費者金融の返済が1度でも滞ると電話攻撃が凄くで大変です。
周りがどんどん結婚しているにも関わらず、自分は借金問題で付き合った女性は全て離れていきます。もう結婚したいのに出来ないストレスが溜まって爆発しそうです。
このままだと結婚もできず、借金返済だけで自分の人生が終わるのではないかと不安です。

2023年、借金総額700万円の告白。

2023年、全くもって新年を迎えたという清々しさはなかった。理由は紛れもなく、妻や親に黙って膨らませた借金のせいである。結婚して約2年のうちに総額700万円の借金を作ってしまった。生活資金が足りず、何とかクレジットカードの支払いを免れようと軽い気持ちで消費者金融に手を出したことが全ての元凶だった。借金のハードルが下がってしまった私は、あろうことか競輪にどハマりし、借りては賭けるを繰り返すことで、借金をすくすくと育て上げてしまう。約2年の間で消費者金融220万、友人270万、リボ90万、クレジット支払い滞納120万、計700万円の負債を生み出した。首が回らなくなった挙句、2023年の年始に妻や親に告白した。何度も土下座をした。これまでの信頼関係は崩れ去り、罵倒され、自分に関わる人たち全員を不幸のどん底に叩きつけた。離婚も覚悟したが何とかやり直すチャンスを与えてもらっている。個人再生や任意整理も検討したが、友人に全額返済することを決意し、4年間をかけて確実に返済していくことを誓い、支出の見直しや副業に挑戦している。必ずではないが、ギャンブルをすると高確率で借金してしまう。私の父親もそうだったが、自制心のない者はギャンブルをすべきではない。今後、ギャンブルに逃げたりせず、真っ当に借金返済生活を送り、完済してみせる。そして、失った妻や親からの信頼を取り戻すことができるよう、日頃の行動で示していく。

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ギャンブルでつくる借金はアホだ

自分が社会人になりすぐの事でした。昼間はパートタイムでバイトをして、夜は定時制の学校に通学していました。
その時は実家暮らしで家賃はなく携帯代と学費たまに買う服代ぐらでしかバイト代を使うことはなく月に少なくとも5万は貯金していました。
貯金も20万程ありました。しかしバイト先の四つ年上の女性と付き合い始めてから生活がガラッと変わりました。
付き合い始めて三か月程経ったあるデートの日に彼女からこんな提案がありました。「たまには行った事ないとこに行ってみない?」
彼女の言うがままに付いて行くと、そこはパチンコ店でした。自分はそれまで「パチンコに金を使うなんてもったいない、何が楽しくてお金を減らさなきゃいけないんだ」
という考えの人間でした。少し戸惑いながらも彼女に付いて行き、彼女の隣に座りよくわからないまま5万円がなくなり、まぁこういう物なんだなと思いその日は終わりました。ですが、次のデートもパチンコ店に連れていかれました。今回は彼女の隣が空いていなかったので、自分で代を選び打ちました。
ビギナーズラックなんてものはならず、同じ台をずっと回していれば出るのだと思いまた10万程同じ台に突っ込んでいました。
こんな日々を何度か続けるとあっという間に貯金はなくなり、彼女に勧められるまま消費者金融に行きお金を借りていました。最初は20万だった借金は最終的には100万円に膨れ上がっていました。彼女と別れ借金だけ残った自分はギャンブルを必死にやめ、定時制が終わった後にもバイトを入れ、年死に物狂いで働きました。残り20万まで返し終わるのに4年かかりました。残りの借金は親に借り完済に至りました。もう二度と借金はしたくないと思いました。

顔も名前も知らない誰かの借金を支払った話

10年以上前になるが当時私の姉に彼氏がいた。母子家庭で育った姉の彼氏には母親と妹が一人いた。妹は心を病み、買い物依存になり、仕事を辞めて母親と二人で暮らしているそうだった。そして姉の彼氏が妹の買い物依存による百万円ほどの借金を肩代わりすることになった。しかし姉の彼氏は安月給で貯金もない。そこで何故か姉が消費者金融で借りた百万円を彼氏に貸すことになった。それからしばらくして私たちの両親が不仲による離婚をしたため、姉と母は実家を出ることになった。実家にいた犬を連れて出て行くので、アパートではなくて庭のある小さな借家を借りて暮らすことになった。ここで問題が発生した。借金のある姉では借家の入居条件を満たせないとのことだった。そこで結婚して家を出ていた私に援助のお願いの話がきた。入居できないと母も行き場がないので、毎月2万円ずつ返済する約束で私は姉にお金を貸すことにした。姉と二人で銀行に行き百万円をおろし、消費者金融に全額返済し、不動産屋へ行って入居の手続きをした。それからしばらくは返済があったりなかったりで、結局は20万円ほどの返済があったきり滞った。その間に姉は彼氏と別れた。彼氏と姉との間の借金はうやむやになった。その後母が病に倒れて入院中に、姉が母の年金を勝手に引き出して使い込んだことが発覚した。私は姉に対する信用を失い、母の葬儀後はお互いに連絡を絶った。姉と姉の元カレを間に挟み、私は顔も名前も知らない人の借金を返済させられたのが今もモヤモヤする。

実家の両親の体験

私の実家は、昔ながらの浮腫が強く残っており、お隣さんの家に何の躊躇もなく入り込むことができるオープンスペースと言う感じです。しかしながら、お金についてはきちんと管理をしていた我が家なのですが、どうしても近所の方から100,000円を貸してほしいと言われ、やむなく貸してしまったことがあるそうです。我が家はお金に苦労していないということも見えていたからだと思います。このときの主体者は母親で父親は知らなかったそうです。しかしながら、その近所の方からお金がなかなか戻ってこないことがわかる、母親は父親に相談したところ、なんとなくわかっていた模様で、お金を貸したりしてようですんなりと話をしたそうです。
しかしながら、近所の方は同じようにまたお金を貸してくれると思ういい、母親にお金を貸してほしいと、またお願いをしてきました。近所の付き合いもあり、なかなか断りづらいところだったのですが、もともと1人お金が返ってきていない状態で、さすがに追加でお金を貸し出すことができませんとしっかり話をしたところ、さすがにひき下がったようですが。結局、ここから私が学んだのは、プライベートでお金の貸し借りをした時は、どうしても馴れ合いの関係になってしまい、明日はお金が戻ってこない前提で考えなければいけないと言うこと。ですから、私は100円であろうとも200円であろうともお金を貸す時は戻ってこない前提で話をしますし、人にお金を借りる事は一切しないようになりました。

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苦しかった借金開催への道のり

20歳のころ、パチンコで借りた1万円を返すのに、急に催促されたためお金がなくて1万円だけのつもりで消費者金融からお金を借りた。その時は何にも考えておらず、その後何年にもわたり苦しむことになるなど想像もしなかった。
借金ということは頭ではわかっていても、銀行口座から引き出すか、人のお金のように引き出しては、遊びに使ったり、ギャンブルをしたりと自由に使っていった。その結果限度額はすぐにいっぱいになってしまい、返済にも苦しむようになった。
そして違う消費者金融からお金を借りるようになり、また懲りずにそこからお金を借り続けた。
最初は50万円くらいあった限度額も何社目からかは20万、10万と減額されていき、あっという間に200万円を超え、4社から借入するなどどうにもならない状況となていた。
誰にも相談することも出来ず、不安な日々を過ごす一方で、恋人などにも言えないまま、普通の生活を続けていた為、借金を減らすことは出来なかった。
ある日どうしても返済のお金を用意することが出来すに、悩んだ挙句、親に打ち明けることとなった、罪悪感があったが、心は少し軽くなり、約3分の一程度立て替えてもらい、残りもコツコツと返すことを約束する。しかし、使えるようになった限度額を少しづつ使ってしまい、結局また限度額いっぱい借りてしまった。
結婚の話も出てきて、お金を貯めるということになったが、貯めるどころか返済も出来ずに結局すべて彼女に話すことに。
話をするのは怖かったし、これからどうなってしまうのかを考えると怖かったが、返済に向けて協力してもらえることとなり、自分としても吹っ切れたところもあり、それから1年かけて節約生活を続けながら、無事に完済をして結婚をしました。
大変なことよりも、気持ちが軽くなったことで生活も楽になり、結婚してからは自分のお小遣いの中で遊びながら楽しく生活できています。

国際ロマンス詐欺の悲劇

私はもともとうつ病の既往があり、経済面も仕事面も安定していません。 8年間うつ病を患っているので、貯金もほぼない状況です。 しかし、うつ病についてや仕事について相談できる友人はおらず、いつも不安とさみしさを抱えていました。 そんな私がTwitterで出会った男性はドイツ人の男性でした。 もともとは趣味の話で盛り上がっていたのですが、徐々に親しくなり、LINEを交換して直接連絡を取り合うようになりました。 彼は静岡在住、私は横浜在住ということもあり、頻繁に会うことはできません。 はやり病の影響もあり、外出自体が自粛ムードの中、毎日のLINEでのやり取りは私にとっての心の支えであり、楽しみでした。 そして、実際に会う前に私は彼に恋をしていました。 だからこそ、彼のために何でもしたいと考えるようになりました。 最初は「はやり病の影響で会社をクビになってしまった」と言われました。 生活費と家賃として毎月10万円を振り込むようになりました。 うつ病が安定しない私はパートの仕事をしており、1か月の手取りは20万円ほどでした。 彼への振り込みはきついものでしたが、「彼のためならば」、と自分の生活を切り詰めて生活をしました。 そのうちに「今まで日本で7年間生活してきたけれど、住民税を支払ったことがなかった。その請求が一度に来た」と言われました。 本当のことだったのかうそだったのかはわかりませんが、役所からの書類の写真が添付されていたので、私は彼を信じ、滞納していた住民税と遅延料金を合わせ、300万円ほどを用意しました。 しかし、300万円もの貯金はありませんでした。 銀行カードローンと消費者金融からお金を借り、300万円を用意しました。 他にも、「スマホが壊れたので君と連絡が取れるように新しいものを買いたい」「家にエアコンがないので、毎日体調が悪い」など、新しいスマホを買うためのお金とエアコンを購入するためのお金も消費者金融から借りました。 結局、借金は400万円にもなりました。 うつ病の影響で仕事を増やすことはできず、返済に対して絶望的になりました。 ところが、彼は「お金を払ってほしいと言った覚えはない」と私が困っていても助けてくれようとはしませんでした。 それどころか、「日本ではもう生活できない」と私にはなにも告げずにドイツに帰国してしまいました。 私には借金だけが残りました。 自分では返済できない、けれど借金ができてしまった子音をだれにも相談できない、と弁護士に相談しました。 債務整理には3種類ありましたが、任意整理以外は裁判所の介入があり、家族にも借金がばれてしまうとのことでした。 任意整理では個人再生や自己破産に比べて高額な返済を数年続けなければなりません。 しかし、誰にもばれずに借金を返済するためには任意整理しかありませんでした。 そこで任意整理を選択し、現在も月に13万円を返済しています。 うつ症状が悪化することはあるものの、自殺すれば両親が借金を負わなければなりません。 「うつ病がつらい」と言っている余裕もなく、とにかく働いています。 日勤でバイトをした後に夜勤のバイトに行く、という生活を続けています。 現在3年目ですが、まだまだ300万円近い借金が残っています。 この生活があと5年近く続くと思うと絶望的な気分になります。 しかし、絶望している暇はありません。 とにかく働くしかないのです。 日勤バイト・夜勤バイト、そして家ではこのクラウドワークスで仕事をしています。 1日も早く借金を完済すること、それが今の私の人生の目標であり目的です。

学生がエステサロンで契約した末路

友人が学生時代にエステを契約し、後に支払いができなくなり、両親に肩代わりしてもらった話です。 ある日、友人が「エステを契約した」とうれしそうに話してくれました。毎月2万円ほどで、自分の好きなエステを受けられるそうです。そのように聞いた私は、てっきり月額が決まっている、いわゆるサブスクなのかと思っていました。エステにあこがれを抱いていた私は、不要になったらいつでも解約できるのだろうし、それなら私も契約してみようかなと、安易に考えていました。 ところが、実際はサブスクではなくローンを組んでいたようです。しかも、そのエステサロンが悪質だと感じるのは、約20万円のローンを別々の会社から3本契約させていました。それも、知識などほとんどなく、仕組みを理解できていない学生相手に。 しばらく、私もそのことはすっかり忘れていたのですが、数年経ったある日、その友人が頭を抱えていました。理由を尋ねると「あの時契約したエステ、全然行ってないし払うのも大変だから解約したいのに、問い合わせたらもう解約できないと言われた」と言うのです。解約可能な期間や、ローンの仕組みなど重要なことは契約時に説明があったのかもしれませんが、理解できていないままの学生相手にあまり褒められたものではないですよね。友人も友人なのですが、その時点で残金がいくらなのか、利息はいくらになるのかなど、まったく把握できていないようでした。そして、返済が滞っていたために友人の個人信用情報は傷ついてしまいました。 結局、冒頭でもお話ししたとおり資金は両親が肩代わりしてくれて、3本のローンは完済できたそうです。