妻の結婚前の借金

妻と結婚してからすぐに、妻に借金があることが発覚しました。私と結婚する時には特に気がつかず、妻からも借金があることを伝えられずに突然知りました。借金は主に2種類あり、クレジットカードのリボ払いでの借金とカードローンでの借金です。全部で3か所から借金をしており、総額が約300万円ほどでした。300万円は私たち夫婦にとっては大金であり、もちろん一括で支払うことができません。そのためまずは借金を整理するために、3か所ある借金を1か所にまとめることにしました。高金利であるリボ払いやカードローンは、銀行のローンに借り換えることで利息の減額になります。今のままだと利息が年利で約14%位かかっていることが判明したので、銀行に相談してできるだけ金利の低いローンで300万円借りることにしました。私も妻も共働きだったので、ローンの審査も無事通り銀行のローンにすべて借り換えることに成功したのです。そうすることで年利が約5%と大幅に利息を減らすことができ、同じ返済額でも借金の元金をより減らすことができます。銀行のローンに借り換えることに成功し、毎月10万円の返済にすることになりました。妻は私に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったようですが、借金のことは知らなかったとはいえ結婚した以上は妻と一緒に返していきます。現在はまだ借金は返済中ですが、利息の低い銀行のローンに借り換えたことで借金の返済の目途がついてきました。

ギャンブルにハマり、複数の消費者金融から借金をした体験談

現在50代男性会社員です。 少し昔の話になりますが、かつてギャンブル(パチンコ、競馬)にはまり、消費者金融関係から複数お金を借りてしまいました。 (利用した消費者金融) ・プロミス⇒30万円 ・プロミス⇒30万円 ・アイフル⇒20万円 ・武富士⇒10万円 ・その他⇒20万円程 ◆総計:約100万円強 当時は総額100万円程度であり、私も企業勤務でありましたし、これくらいの額ならいつでも返せるという甘い考えでいましたが、月に3万や5万円程返しながらもなかなか元金が減らないことで、さすがに精神的に疲れてきました。 とは言えギャンブルもいつか止めてやろう位の気持ちしか持っておらず、この返済期間が約5年以上続きます。 それから、さすがに子供や将来のことなど考えていくとこのままではいけないということを真剣に考えるようになり、借金を初めて6年目ほどで本気でギャンブルを止めました。 それから今後の返済については早々に弁護士や司法書士などに相談し解決するつもりでしたが、借金が返済していない状態では自分自身の信頼問題(ブラックなど)も出てくるため、一度すべてのカード会社の返済を済ませてから過払い金請求を司法書士にお願いすることにします。 過払い金については、全社で総額約50万円から60万円程だったと記憶しています。 本件はこれで無事に終わりましたが、当時グレーゾーンと言われる時代は何回返済しても元金が減っていかない、本当におっかない時代だったと思います。

 

 

債務整理 福岡

じぶんの体験談

じぶんは現在でありますが34歳の男性会社員をおこなっております。じぶんは現在では借金はありませんが、21歳から25歳のときに借金をしてしまいました。借金の原因でありますが、ギャンブルとなっております。じぶんは20歳まではギャンブルなどは一切興味などがありませんでしたが、友人の誘いでパチンコやスロットにはまってしまいました。当時はMAXタイプがパチンコでは存在をしており、スロットでも現在の最大2400枚などではなく、4号機であり、万枚でるときなどもめずらしくなかったのです。一日で30万円ほど勝ってしまったことがあり、それからスロットやパチンコにはまってしまいました。一時期は収支はプラスになっていたこともあったのですが、それ以降は負けてばかりであり、それで借金をしました。しっかりとした会社に勤めていたので、いくらでも借りることができ、最大で200万円の借金を作ってしまったことがあります。複数社から借金を作ってしまい、首が回らなくなってしまい、それで親戚に相談をさせていただき、弁護士を紹介していただきました。債務整理の一つである任意整理の手続きをさせていただきました。過払い金なども30万円ほど返ってきて、170万円で利息なしの状態で返済を行い、27歳のときに借金を完済することに成功をいたしました。もう今ではギャンブルがほんとうに怖くて、どれだけの人に迷惑をかけるのか知っているので一切手はつけてはおりません。

初めて食べるケーキ

「兄ちゃん、テレビが付かない」、幼かった弟はテレビが故障したと思ったらしいが、部屋の灯りも付いていない。
冷蔵庫を開けても灯りが消えているため中は薄暗い、真っ暗でも構わない、どうせ冷蔵庫には何も入ってないのだから。
「兄ちゃん、お腹すいた」、幼かった妹は私に「何か作って」と言うのだが、食材は何もない、朝、食べたパンは前日、給食で出されたものを食べずに持ち帰ったもの。
エアコンが付いていたのは両親が新婚のうちだけ、お金がいるとのことで父親が売ってしまったらしい。
1日に何度も弟と妹は私に「お母さんは、今日も帰って来ないの?」と聞いてくる、帰って来るのか帰って来ないのかは分からない、何処にいるのかさえ分からない。
同じクラスの子から、「給食費、払ってないらしいな?」
私、「・・・」
給食費を払っていないのは事実、今度は「お金を払ってないのに、今日も給食を食べるのか?」と言われ、私は泣きながら給食を食べた。
給食で出される食パンは2枚、1枚は弟、もう1枚は妹が食べる。
給食費は払っていないが、毎回スープをお替りする、すると、担任の先生と目が会う。
担任の先生は目が会うだけで何も言わない、何も言わないが「給食費を払っていないのに、スープをお替りするの?」という目で私のことを見ていた。
貧乏が恥ずかしいことを、大人になって知ったわけではない、子供の時にも分かっていた。
貧乏に耐えられたのは、近所には私と同じような境遇の子供が沢山いたからだ。
私が子供の頃に住んでいたのは企業城下町、そのため、景気が良い時には給食費を支払えるのだが、景気が悪くなると大人達はギャンブルばかりして借金をこしらえる。
子供はニュースなんて見ないが、借金をこしらえると両親の仲が悪くなるため、不景気を知る。
売れるものは全て父親が売ってしまった、借金をこしらえた父親は家に帰って来ない。
父親はいなくても、借金取りは必ず来る。
家のカギは壊れている、借金取りが壊したからだ、私が見ているところで。
カギを掛ける必要はない、家に盗まれて困るものは何もないのだから。
連日、同じ借金取りが来ると、幼い妹は借金取りに対して挨拶をするようになった。
幼い子供に挨拶をされると、借金取りは強く出られない。
借金取りは学校が休みの時にも来る、妹と挨拶をするようになった借金取りは私に「給食費は払えているのか?」と聞いて来た。
私、「払ってません」
借金取り、「学校が休みの日は、メシはどうしているんだ?」
私、「公園の水を飲みます」
借金取り、「妹達もか?」
私、「はい」
初めてケーキを食べたのは妹が3歳になった誕生日、ケーキをくれたのは借金取りのお兄さん。
町に活気が戻ると父親が帰って来た、暫くすると母親も帰って来た、すると、借金取りは来なくなった。
借金取りが来なくなったのは、両親が借金を返済したから。
再び家族揃って生活が出来るのは嬉しいのだが、妹だけはケーキをくれた借金取りのお兄さんが来なくなって寂しいと泣いた。

 

福岡借金

ギャンブルで借金を抱えて自己破産した友達の両親の話です。

高校生の時の話ですが、友達の父親がギャンブルが大好きで消費者金融からお金を借りていたみたいで、お母さんから内緒でずっと隠していたみたいで友達とお母さんがわかったときは数百万以上の借金になっていたみたいでお母さんが激怒していたということでした。細かいお金のことは教えてくれませんでしたが、結構大きい額です、。わかってから半月間ぐらいは家の中が地獄だからと友達は私の家で過ごすことが多かったですね。

消費者金融の人が家に来て友達が家に入る前に玄関に男の人二人がいたみたいで家に近づくのが怖いということでした。確かに想像しただけで怖いです、。誘拐されるんじゃないかとか私なら考えちゃいます。

結果、友達の親は自己破産していました。いろいろ考えたらしいのですが、お母さんも体が悪く長く働くことができないみたいなので、弁護士さんと相談しても自己破産が妥当だろうということで、自己破産したみたいです。その後、友達は県営住宅に引っ越していました。まぁ、前の家から10分ぐらいのところだったので私との関係性は変わりませんでしたし、とてもきれいな住宅だったので友達は結構満足していました。逆に部屋が一つ増えて家賃も安くなったので、結果よかったとのことを言っていました。

しばらくの間は生活保護なんかももらっていたみたいです。でもお父さんが車がほしいということで、自分で稼ぐと決めて転職もしてギャンブルもしっかりやめて生活保護もやめたみたいです。今は友達の生活も安心しています。

学生時代の借金が膨らんだ話

友人が学生時代に借金をしてまでお金を貸し、
結局お金を貸した相手と音信不通になり、
社会人になって自力で稼いで返済した話しです。

大学生時代に、ギャンブル(主にパチンコ)にはまる友人が多く、
その中に負けるたびに学生ローンでお金を借りる友人がいました。

友人Aは、負けが続きそのたびにお金を借りており、ついには学生ローンでこれ以上借りられないぐらいに借金が膨れ上がりました。

Aは周りの友人にお金を借りるようになり、ついには他の人に学生ローンで借りさせるまでになっていきました。

私も例外ではなく、Aからお金の相談をよくされましたが、断固として断っていました。

ですが、Aにせがまれて断れなかった友人Bは、自分は必要ないにも関わらず、Aのために学生ローンを組んでお金を借りました。
「絶対返すから」というAの言葉をそのまま信じ、その借金をそのままAに渡します。

予想通り、AはBへの借金の返済ができず、「もう少し待って」という決まり文句で、ずるずると遅れていきました。
その間Bは代わりに学生ローンへの返済を続けました。

そしてついにAは大学に来なくなり、音信不通に。
Bの借金を残したまま連絡が途絶えました。

私を含むBの友人はAの地元や知りうる限りの伝手を使って捜索しましたが、
ついに卒業するまで連絡がつくことはありませんでした。

Bは、社会人になってからも学生ローンの返済に追われ、5年をかけて完済しましたが、
Aへの恨みは当然未だにはれていません。

友人を助けるためだったとはいえ、代わりに借金をしたBにも落ち度はあると思いますが、
恨みがはれないのも当然かと思います。

借金問題をいまだに交渉中

病気だったり、離婚などの諸事情で返済が困難になった場合、手数料不要で返済期間を最長15年延長することができるのは住宅ローンです。周りも結婚して、子どもが生まれたことをキッカケにマイホームを建てていて、新築一戸建ての住宅にお呼ばれすることもあります。そんな知人の中には、借金問題を抱えている人がいます。今も金融機関との交渉の最中だそうです。綿密な返済計画を立てていても、完済までには何年もかかりますし、その間に不測な事態が起こることもあります。知人の場合には奥さんとお子さんを相次いで亡くしてしまい、知人は一人住まいになりました。その悲しみが強かったこともあり、アルコール依存症に陥ることになり、毎日、お酒に溺れていたようで、ときには救急車で運ばれ、一時入院も余儀なくされたそうです。借金返済というのさえ頭から除外、自暴自棄になることも呟くようになっていったそうです。生命保険金もあっという間に使い込み、金融機関からの督促状も無視、家を差し押さえに遭う寸前になり、ようやく周りが動き出しました。知人は両親も他界、天涯孤独でありますが、亡くなっている奥さんのご両親とは繋がりがあるようでした。再起を願う方々からの意見もあり、まだやり直せると解釈した知人は金融機関に相談をしています。もちろん、社会人として企業勤めでしたが、自己都合による退職扱いになりました。少しの退職金だけ手元に残ってはいますが、これまでにも多数の借金があることも発覚、それらを含めてどうやって返済していくのか、交渉中なのだそうです。状況にもよりますが、長期にわたって返済が困難になる場合、延滞金などで利息がふくらむ前に売却するなど、根本的な解決を図るほうが得策といえる、そうした交渉へと進んでいるようです。

住宅ローンの返済問題

借金問題とはいっても、知人の場合には住宅ローン問題でした。当時、羽振りがよかった時代でもあり、注文住宅をイチから建てたようで、総額は50000万円ほどになり、毎月、返済をしていたようです。しかし、社会情勢の雲行きが怪しくなり、そこから退職せざるを得ない状況下に陥り、加えて、離婚もしてしまいました。離婚による慰謝料なども請求されていたようで、夫婦生活での貯金はほぼ奥さんが取得し、知人男性に残ったのは支払いが残ったままの家だけです。負の財産ではないですが、貯金もなく、行く宛もないため、知人は途方に暮れる毎日だったそうです。返済が厳しいから、そうした相談を金融機関側にしたそうです。今後の返済の見込みがあれば、返済日の変更だったり、一定期間の返済額の減額も望めたようでした。売却はしたくない、誰しもがそうした考えでしょうが、知人もすぐに職探しをすることを前提に、少しの猶予を頂いたようでした。しかし上手くいかず、結局は家を手放す売却となりました。ですが、羽振りのよい時代とは異なり、5000万円もした家は思うようには売れず、値下げ交渉もされてしまい、結局はマイナスでの売却になりました。残った住宅ローンはそのまま知人の借金になり、いまだにその日暮らしの日雇労働者として働きながら返済をしていますが、弁護士に借金相談をしていたら、今よりはマシな生活だったのかもしれず、一寸先は闇ではないですが、軽々しく借り入れはできないと、知人から学びました。

借金が原因で社会から孤立した幼馴染み

昔から仲の良い幼馴染みが離婚をした。親しい間柄でも、どうして離婚をしたのかは聞けない、幼馴染みも自分のことをペラペラ話すタイプの人間ではない、だから、長く親しくいられる。
離婚をしてからの幼馴染みをギャンブル場で良く見掛けるようになった、家族に会えない憂さ晴らしをしているのだろう。
友達から幼馴染みが某娯楽施設の駐車場に良くいると聞かされた、その手の情報は他の友達からも聞いており、私自身、幼馴染みがコンビニ等の駐車場にいるのを何度も目撃していた。
温かい季節なら良いのだが、気温が下がれば体調を崩さないか心配になり、駐車場にいた幼馴染みに声を掛けると、その時はじめて車中生活を送っていることを聞かされた。
私、「会社のほうは大丈夫なの?」
幼馴染み、「まあなんとか」
私、「うちにおいでよ」
幼馴染み、「悪いよ君の家族に」
私、「なに水くさいことを言っているんだ」
幼馴染みを無理やり家に連れて来ると、私の妻は「遠慮しなくて良いのよ」。
幼馴染み、「シャワーだけ使わせて」
妻、「お風呂沸かすから、先に食事をしてて」
私の家に客が来るのは珍しいため、お客さんと一緒に食べることに子供達は喜んでくれた。
子供、「オジサン、美味しいでしょ、ママが作った御飯?」
幼馴染み、「・・・」
幼馴染みが答えなかったのは涙を流していたから。

幼馴染みが風呂に入っている間に、妻は布団を敷いてくれた。
風呂から出た幼馴染みに、妻は「子供達も喜ぶから泊まってね」
その日は、久しぶりに幼馴染みと寝ることになった。
他人の家では落ち着かないのか、幼馴染みは布団から出たり入ったりを繰り返す。
私、「酒でも飲むか?」
幼馴染み、「酒は辞めたんだ」
私と話していても幼馴染みは布団から出たり入ったりを繰り返したのは、何度も携帯電話に着信があるから。

幼馴染みだけでは解決出来る問題ではないと思い
私、「借金があるの?」
幼馴染み、「うん」
私、「いくら?」
幼馴染み、「100万くらい」
私、「100万なら貸すよ」
幼馴染み、「100万は元金だけ」
私、「利息は支払えているの?」
幼馴染み、「もう無理。子供の養育費も支払えなくなった」
私、「(元)奥さんは借金のことを知っているの?」
幼馴染み、「知っていると思うけど・・・」

幼馴染みが見せてくれたのはATMで支払った明細書、1件あたりは数千円と少ないのだが、幼馴染みは複数の業者からお金を借りており、サイフの中は明細書でいっぱいだった。
私、「ヤバイところからも借りているの?」
すると幼馴染みは携帯電話を見せてくれた、届いたメールは脅しに近い文句がズラリ、別れた家族から取り立てる内容も沢山あった。
しかし、それだけではない、別れた奥さんからも幼馴染みを追い込むような厳しいメールが届いており、着信履歴は元奥さんとお金を借りている業者ばかり。

会社の方まで催促の連絡があり居づらくなった幼馴染みは会社を辞め、日雇い等をして借金返済をしていたため、借りていたアパートは家賃を支払えず追い出されていた。
まともなところから借りているなら私が建て替えられるのだが、別れた奥さんとも幼馴染みはトラブルを抱えているため、代理人に入ってもらうことにした。
代理人がお金を借りている業者さんに連絡をすると、催促は全くなくなった、別れた奥さんからも無くなった。
代理人に入ってもらうと、返済しなくても良い利息まで支払っていたことが分かり、余計に支払ったお金は返金され、そのお金は別れた家族の養育費に使われた。
父親としての義務を果たせるようになると、別れた子供と会えるようになり幼馴染みに笑顔が戻った。

 

福岡の債務整理の弁護士相談

ギャンブルにはまり…。

“私は20代前半にギャンブルにはまり、消費者金融で借金をしました。ギャンブルにはまったきっかけが、アルバイトの先輩から、スロットに誘われ2.3万円ほど勝ったのが始まりです。当時、派遣アルバイトでしていて日払い可能だった為、自分自身で稼いでいたアルバイトの給料を握りしめて毎日のように通い始めるようになり、段々とギャンブルのためにアルバイトをしているような生活を送るようになりました。ある日、公共料金などの支払い分まで手を付けて、そんなお金も当然、負けて使い果たしてしまいます。そして、どうしようもなくなり、派遣アルバイトだから駄目だろうと思いながら、ダメもとで消費者金融でカードローンを無人契約機で契約しました。審査が通り、安堵したのを覚えています。最初の借入限度額が30万円で、とりあえず5万円という軽い気持ちで借ります。そのお金を支払いに充てたのも、つかの間、余ったお金でまた、ギャンブルに使ってしました。負けたお金を取り戻そう、取り戻そうと必死になり、負けてはキャッシングを繰り返すようになり、あっという間に限度額まで達し、このままでは
駄目だと思い、パチンコ店へ行くのをやめ、少しずつ返済していきます。しかし、しばらくして、限度額の引き上げが出来ると、勧誘を受け、気が緩んで懲りずに負けた分を取り返そう通い始めます。当初、遅延という行為が、信用情報に影響与える事も全く考えず、遅延損害金を払えばいいだろうとお金が出来てから返済することもありました。親にも当時の彼女にも内緒していて、とうとう、毎月の利息の返済もできない状態となります。家族や彼女に打ち明け、土下座して謝罪し、通帳と給与明細を預け、給料の管理をしてもらい、徐々に返済するようになりました。ある時、過去に借金した人は利息の過払い金があるかもしれないとCMで謳っていて、彼女から専門の弁護士への相談を勧められ、相談へ行き、50万円程あることを知り、手続きをお願いしました。そのことで何とか完済し終えました。今考えると、あの時、家族・彼女に助けてもらえていなかったら、このまま、借金地獄から抜け出せずにいたと思います。自分は弱い人間だと思いながら、家族・彼女に恩返しをして、行動で示していきたいと思います。”