キッチンドランカーから多重債務になった姉

私の姉は10代で結婚をして子供を産みました。その3年後に旦那さんの浮気で離婚。シングルマザーとなり、高校の恩師の紹介でパートタイムで工場内の事務の仕事に付きました。

しかし、いくら恩師の紹介と言っても意地が悪い人はいるもので、お局さんみたいな方とどうしても折り合いがよくなかったようです。子供が熱が出て早引きするときには嫌味を言われていたようです。

シングルマザーとなった姉は子供と二人暮らしをしていましたが、やはりストレスがたまるようで、お酒を飲むようになりました。晩酌として飲んでいたのが、気がつくと料理中にも飲むように。いわゆるキッチンドランカーというやつですね。

ひとりで育児するプレッシャー、会社でのお局様との諍いなど精神的にまいっていたようです。うちの親も年をとっていたので、相談もできなかったようです。

お酒を飲み、仕事が手につかなくなり、だんだんと休みがちになって収入が減っていたようです。パートタイムをしている間にサラ金でもお金を借りていたようです。サラ金にお金が返せなくなると違うサラ金を紹介されて、どんどんと借金は雪だるま式に増えていきました。

姉は多重債務に陥ったのです。

工場から恩師に休みがちという連絡がいって、心配になって連絡が入り、借金が発覚しました。その後、恩師が姉の借金問題を解決してくれて良い仲になり、再婚の流れになりました。

恩師と言っても姉と10歳くらいしか離れていないので、お似合いだと思います。

部屋代より高い家具に囲まれて

私は昔から家具が好きで、特にアンティークには目がありませんでした。

衝動買いも度々ありました。アンティークなのでそのときを逃したら次に行ったときは手に入らないこともあるので、クレジットカード払いをしていました。

ボーナスも家具のカード払いでほとんど消えていたと思います。ボーナスの額はだいたい把握していたので、ボーナス以上の買い物はしないようにしていましたが誘惑には勝てませんでした。

どうしてもほしい椅子があり、店員さんもリボ払いしてるということで、リボ払いに手を出してしまいました・・・これがのちのち私の首を締めることになるとは知らずに。

家の賃貸料より高い家具を揃えていた私。今思うと何をやっていたんだろうとひとりごちてしまいたいくらいです。

リボ払いは一度やってしまうと次から次へとやってしまい、あっというまに限度額まで達しました。

払っても払っても元本は消えずにずっと残ったままです。ほしい家具も買えなくなり、利息を払うためだけに生きているような毎日。

財布を開いてもお金はなく、口から出るのはため息ばかり。

そんなときたまたま市報がポスティングがされていて、無料で弁護士に相談できることを知り、わらにもすがる思いで電話をかけました。

それからはトントン拍子で弁護士さんに言われるままに資料をそろえて、無事に債務整理が完了しました。

今ではクレジットカードはすべて解約(というより向こうから切られました)して自分の収入の範囲で生活しています。

あのとき勇気を出して電話してよかったなあと今でも思っています。